北朝鮮の思想

 韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長が会談し、「朝鮮半島における一切の敵対行為の中止」「朝鮮半島の非核化を目指す」という合意(パンムンジョム宣言)を行いました。

 多くの人は半信半疑でいます。これまで北朝鮮は、米朝枠組み合意(1994年)、6か国協議共同宣言(2005年)、南北首脳会談合意(2012年)などにおいて核計画の放棄や凍結を合意しておきながら全く約束を守らず、核開発を進めてきたからです。日本人の拉致問題についても長年「拉致は無かった」と言っていたうえ、他人の遺骨を拉致被害者家族に送りつけたりしました。なぜこんなに嘘が平気なのか、不思議な国です。

 なぜ北朝鮮の指導者は嘘を悪と思わないのか、不思議に思い、北朝鮮労働党の思想である「チュチェ(主体)思想」の内容を確認してみました。

 北朝鮮は社会主義国です。ですから、当然マルクス主義を信奉しています。「マルクス主義により観念論と神秘主義が敗北した」と称賛します。ただし、マルクス主義の人間観が「労働によって自己実現する」存在であるのに対し、チュチェ思想は人間を「自主性、創造性、意識を持つ社会的存在」と定義します。「自由に生きるために、不利な自然環境を有利なものに変え、社会的支配・隷従から脱するためにたたかう」のが人間であるとし、「自主性」最重視します。

 島国で長年鎖国していた日本とは異なり、朝鮮半島は絶えず外敵の侵略や分裂が繰り返される歴史でした。自主性を最重要視するチュチェ思想は、そうした歴史から脱そうとした指導者・金日成の信念として理解することができます。そして、自主的に生きるための手段として、知識・科学技術と軍事的力を重視します。「自らの強力な軍事的力を持っていない人民、国と民族はいつの時代にも繁栄はおろか生存権さえ守ることができなかった。」として、先軍思想を採用しています。他国に支配される痛みを二度と子孫に味わせてはならないという強い意志を感じます。

 さて、肝心の「嘘をつくことが平気な理由」ですが、結局この思想の中には見出せません。
ただ、「資本主義は必ず滅ぶ」と予言したマルクス主義自体、正しくない部分があったのに、それを正しいと国民に教え、今でもアメリカや日本や韓国を「金銭中心の価値観を持ち、人間らしい道徳心がない国」と罵倒し続けているわけですから、嘘を言うことが習慣化しているのでしょう。また、儒教の影響は社会主義国となってからも残っていると思います。長幼の序を重んじる儒教精神においては、子や孫が父や祖父を批判することはできません。たとえそれが時代遅れであったとしても、正しいと言わざるを得ない局面は多々あるのではないでしょうか。心の純粋性を重んじる日本とはやはり倫理観が違うと考えられます。

 今回の合意が本気であることには期待したいものの、隣国の日本としては、また裏切りが繰り返されるというシナリオも想定し、柔軟な対応ができる準備をしておく必要があると思います